大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(う)2603号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二〇年に処する。

原審における未決勾留日数中一七〇〇日を右刑に算入する。

理由

〈中略〉

弁護人の控訴趣意第二の二について

所論は、要するに、原判決は、判示第四の(二)(四面道派出所での爆発物の使用)の事実について、被告人は、治安を妨げ、人の身体財産を害する目的をもつて爆発物を使用した旨認定したが、被告人らによる爆弾設置の状況等に徴すると、被告人が人の身体を害する目的を有していたとは考えられないから、原判決が人の身体を害する目的があつたと認定したのは、事実を誤認したものであるというのである。

そこで、検討してみるに、被告人らは、ダイナマイト約一〇〇グラムずつを詰めた鉄パイプ三本を束ねた爆弾を製造し、これを、夜間でも不断に人や車の往来する市街地の道路に面した場所にある荻窪警察署四面道派出所の建物に近接して仕掛けたものであり、右爆弾の威力及び設置した場所付近の状況に徴すると、もし、右爆弾が発見されることなく爆発しておれば、右派出所及び付近の人家が破壊されるだけでなく、同派出所に勤務する警察官や通行人等に人身被害の発生する可能性がかなり高かつたものと推定される。そして、被告人は、先に杉並警察署高円寺駅前派出所で鉄パイプ一本を使つた爆弾を爆発させた経験から、右爆弾よりもはるかに強烈な破壊力を持つ本件爆弾が爆発すれば、高円寺駅前派出所事件の場合よりも更に大きな被害を発生させることになるであろうとの認識を有していたことが明らかである。そして、これらの事実に加えて、関係証拠によつて認められる次のような事実、すなわち、被告人らは当初は右鉄パイプ爆弾を荻窪警察署本署の建物内に仕掛ける意図であつたこと、右鉄パイプ爆弾と同時に製造され、本富士警察署弥生町派出所の屋上に仕掛けられた爆弾が、ダイナマイト一〇本以上を束ねた極めて強力なものであつたこと、そのほか、被告人は、共犯者らとこれらの爆弾の製造及び使用について謀議した際には、手投げ式爆弾を製造してこれを直接警察官や警察施設に投擲することを主張していたこと等の事実並びにこれらの事実から推定される被告人の犯意並びに被告人及び被告人と共同して四面道派出所に本件爆弾を仕掛けた高橋進が、それぞれ、捜査段階においては、右爆弾の製造及び使用にあたり、警察官らの殺傷を認容していた旨の自供をしていること等の事実をも合わせて考えると、被告人及び高橋は、鉄パイプ三本を束ねた本件時限式ダイナマイト爆弾を四面道派出所に仕掛けるにあたり、場合によつては、警察官や通行人等を殺傷する結果が発生する可能性を認識しながら、敢えてこれを行つたものと認めることができる。もつとも、被告人らは、一般の通行人らに被害が及ぶことをできるだけ回避したいとの考えから、時限装置による爆発時刻を深夜の午前二時ころにセットしており、前記のとおり本件爆弾の爆発により人身被害の発生する可能性はかなり高かつたけれども、人や車の往来が比較的閑散となる右時刻ころの爆発となれば、通行人らに対する人身被害の発生が必定とまではいえないこと等から判断すると、被告人が通行人や近隣の住人等一般人を殺傷する結果について確定的認識を有していたとまでは認め難い。また、同派出所の警察官に対する関係でも、被告人らは、当初から本件ダイナマイト爆弾を同派出所に仕掛けるべく計画していたものではなく、荻窪警察署本署の建物内に仕掛けようとして同署付近まで赴いたが、果たせず、急遽方針を変更して四面道派出所に仕掛けることにしたものであつて、被告人らが同派出所に爆弾を仕掛ける時の認識が、これを製造した時の認識のままであつたか否かについてはなお検討を要するものと考えられるところ、被告人らは、本件ダイナマイト爆弾を同派出所北側のコンクリート壁に近接して置いただけであり、前記のとおり、同爆弾がダイナマイト約三〇〇グラムを使用した破壊力の強いものであつたとしても、右のような設置方法では、同爆弾の爆発により同派出所内の警察官を確実に殺傷できるか否かは大いに疑問であり、関係証拠によつて認められる当時の被告人のダイナマイト爆弾の破壊力に関する認識の程度等に徴すると、本件爆弾の爆発の結果についての被告人の認識も右と同様であつたと推定されるから、被告人が、右設置したダイナマイト爆弾によつて、同派出所内の警察官を確実に殺傷しうるものと考えていたとまでは認め難い。してみると、原判決が、被告人は、本件爆弾を使用するにあたり、同派出所内にいる警察官の身体を害することを確定的に認識していた旨認定したのは、事実を誤認したものといわなければならない。しかしながら、先に判示したように、被告人は、未必的には警察官らの殺傷を認識し、かつ、これを認容していたものと認められるところ、後記検察官の控訴趣意第二に対する判断として説示するとおり、爆発物取締罰則一条所定の人の身体を害する目的があるというためには、その結果の発生を未必的に認識し、かつ、これを認容するをもつて足りるものと解されるから、右事実の誤認は、本件犯罪の構成要件的評価に変更をきたすものではなく、かつ、右の誤認が本件の犯情の評価にそれほど影響するとも考えられないから、右事実の誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。論旨は結局理由がない。

弁護人の控訴趣意第二の三及び被告人の控訴趣意について

所論は、要するに、原判決は、判示第五の(一)、(二)(追分派出所に仕掛けた爆発物の製造及び使用並びに殺人未遂)の事実について、被告人は、治安を妨げる目的及び警察官らに対する未必的殺意をもつて本件爆発物を製造及び使用した旨認定したほか、警察官らを殺傷し同派出所の建物等を破壊する未必的認識を有していたことも認められる旨判示しているが、被告人としては、予告電話をすることにより、これが警察に通報されて、直ちに通行人らは避難させられ、本件爆弾は道路の真中に持ち出されたうえ、砂袋、古タイヤ等で囲まれ、やがて現場に到着した警察の爆発物処理班により爆発物処理筒の中で爆発させられるか、又は、右のように危険防止の措置がとられたのちに爆発することになるものと予想していたのであるから、被告人に治安を妨げる目的があつたとはいえず、警察官らに対する未必的殺意や警察宮らを殺傷したり、同派出所の建物等を破壊する未必的認識もなかつたのに、原判決が前記のような目的や未必的殺意及び未必的認識があつたと認定したのは、事実を誤認したものであるというのである。

そこで、まず、治安を妨げる目的の有無の点について検討してみるに、被告人らは、ダイナマイト数百グラム、アンホ(硝安油剤爆薬)及び黒色火薬各約五〇〇グラムを使用した威力の大きな時限式爆弾を多数の通行人らで混雑する新宿の繁華街の中にある四谷警察署追分派出所脇に仕掛けたものであるが、関係証拠によれば、被告人は、右爆弾を仕掛けたことを新聞社に電話で知らせることにより、一応右所論のように事態が進展するものと予想していたことが認められるが、それと同時に、後記のとおり、被告人は、本件爆弾の爆発により追分派出所の建物等が破壊されたり、警察官や通行人らが殺傷される可能性もあることを認識していたこと、被告人らは、本件を含む一連の爆弾闘争により、警察の動揺を惹き起こし、社会不安を醸成することを意図していたことがそれぞれ認められるのであつて、これら被告人の認識内容及び意図等に照らすと、被告人が、本件爆弾の製造及び使用にあたり、治安、すなわち公共の安全と秩序が害される結果の発生することを認識し、かつ、これを認容していたことは明らかであるというべきであるから、原判決が、被告人に治安を妨げる目的があつたと認定したのは正当である。

次に、警察官らに対する未必的殺意の有無及び警察官らを殺傷し追分派出所の建物等を破壊することについての未必的認識の有無の点について検討してみるのに、被告人は、捜査段階から一貫して、予告電話のあつたことは当然新聞社から警察に通報されるものと思つていたので、本件において実際に起こつたように、予告電話のあつたことが警察に通報されず、追分派出所脇に仕掛けられた本件爆弾が、それに対するなんの対応措置も講じられないまま爆発し、被害が発生するというような事態は全く予想していなかつた旨供述しているところ、新聞社に予告電話をしただけでは、特に警察に通報するよう依頼でもしない限り、いわゆるいたずら電話と間違われることもあり、その予告電話のあつたことが必ず警察に通報されるとは限らないのであつて、このような理は、通常容易に考えられることではあるけれども、一方、当時は、被告人の属するグループを含むいわゆる過激派による爆弾事件が頻発し、警察官派出所にも爆弾処理用の砂袋等が配備されていたような世情であつたうえ、予告電話の先が社会的信用度の高い一流新聞社であつたことを思えば、被告人において、予告電話のあつたことが新聞社から警察に通報されるものと思い込んだとしても、一概に不自然であるともいいきれないのである。しかも、関係証拠によれば、被告人は、昭和四六年一二月二三日夜、亀川行子方において、鎌田俊彦から、明日の夕刻、クリスマスイブでにぎわう新宿の繁華街の中にある追分派出所に威力の大きな爆弾を仕掛けて爆発させようという企てを提案された際、熊谷信幹と共に、それでは一般通行人をも殺傷することになるとして右企てに反対したこと、それに対し、鎌田から、新聞社に予告電話をして、一般通行人を避難させ、多少離れた所で多衆が見守る中で爆発させるようにする旨の説明があつたため、被告人も右企てに賛成するに至つたこと、同派出所の爆破は、その実行の前夜、急に実行することが決まり、当日、現場の下見から爆弾の製造、使用までの全作業が行われたものであつて、あらゆる事態の推移を慎重に検討したうえで決行されたというようなものではなかつたこと、被告人及び熊谷は、当日、みゆき荘で本件爆弾を製造した際、二人で話合いのうえ、予告電話を知つた警察側にこれに対応するだけの時間的余裕を与えるため、前夜の謀議で決まつていた午後七時の爆発時刻を一〇分間先に繰り下げて時限装置を作つたこと、本件爆弾は、クリスマスツリーに偽装され、手提げの紙袋の中に入れられていたが、黒色火薬の間から偽装コードが露出した形状や、それが設置された追分派出所脇の状況等からして、警察官の探索によつて発見されるのを当初から予定していた形跡がうかがわれること、被告人及び熊谷は、テレビのニュースで一般通行人にも多数の負傷者が出たことを知つて驚き、その原因について、最初は、爆弾があまりにも強力過ぎたためであろうかなどと想像したが、やがてニュースの詳報により、予告電話が奏効しなかつたことを知り、翌日、予告電話をした宮本幸枝に電話して、予告電話をしたか否かについて問い質していること、そのほか、被告人らは、本件以前に行つた爆発物の使用事犯においても、警察官はともかく、一般人にはできるかぎり被害を出さないようにするという方針で臨んでいたことがそれぞれ認められ、これらの事実のほか、予告電話をすることを発案し、宮本にそれを指示した右鎌田も、検察官に対する供述調書中において、予告電話は当然新聞社から警察に通報されるものと思つていた旨供述していること等も合わせ考えると、予告電話は警察に通報されるものと思つていた旨の被告人の前記供述の信憑性をあながち否定することがてきないのである。ところで、原判決は、右被告人の供述を信用できない理由として、新聞社に予告電話をしたからといつて、それが必ず警察に通報されるとは限らないという経験則のほかに、被告人が、予告電話については鎌田に任せきりにして、その内容やそれが新聞社から警察に確実に通報されるか否か等の点について検討した形跡がないことや、本件爆弾を追分派出所脇に仕掛けたのちは、その後の経過を観察することもなく、直ちに現場を立ち去り、爆弾が発見されなかつた場合における殺傷や破壊回避の措置を講じていないことを挙げているが、右のような被告人の態度は、被告人が極めて安易に本件爆弾を使用したことをうかがわせるところではあるけれども、必ずしも被告人において予告電話のあつたことが警察に通報されない事態の発生する可能性を認識していたということの根拠となるものとは考えられない。また、本件以前に熊谷らが行つた仙台国見の通信所爆破の際、予告電話が失敗に終つたということにしても、その予告電話が警察当局に通じないで人身被害が発生したというようなものではないうえ、被告人が右熊谷らの経験から、本件予告電話が警察に通報されない可能性があると考えていたことをうかがわせるような証拠もないのである。してみると、原判決が、被告人において、警察官らを殺傷し、追分派出所の建物等を破壊することを未必的に認識していたということの主要な根拠として、被告人が予告電話のあつたことが警察に通報されない事態も予想していたことを挙げているのは、正当ではないといわなければならない。しかしながら、関係証拠によれば、実際には、たとえ予告電話のあつたことが新聞社から警察に通報されたとしても、なんら準備態勢にない警察において、予告電話から爆発までの三、四〇分間程度の時間内に、多数の人や車で混雑する追分派出所前の交通を完全に遮断し、人々を同所から遠ざけるのはほとんど不可能であり、また、警察の爆弾処理班が待機場所から出動して右時間内に本件現場に到着することも期待できない状態であつたことが認められる。すなわち、予告電話により、追分派出所脇に時限装置の付いた本件爆弾が仕掛けられていることが判明しても、警察当局にも万全の対応手段はなく、とりあえず爆弾を砂袋等で囲い、同派出所の警察官及び爆発時刻までに同所に到着した警察官らで、通行人らが爆弾に近づかないようにできる限り規制に努める程度のことしかできなかつたわけであるから、たとえ予告電話のあつたことが警察に通報されたとしても、本件爆弾の爆発は防止できず、追分派出所の建物等が破壊された可能性は高く、かつ、大混乱の最中に爆弾が爆発し、右のような任務にあたつていた警察官や通行人らが死傷した可能性も否定できないものといわなければならない。そして、被告人らにおいても、あまり警察当局に時間的余裕を与えたのでは、爆弾を調べられて起爆装置の電気回路を切断されてしまうおそれがある等の考えから、当初は、予告電話から爆発までの時間を三〇分間程度とすることにしていたが、その後、警察当局の対応の遅れ等を慮つて、右時間を一〇分間延長したこと等から判断すると、被告人にも前記のような警察当局の対応の困難さは、ある程度わかつていたと考えられる一方、被告人は、警察の爆弾処理班は、警察への通報後一五分間程度で到着するものと思つていた旨供述しているけれども、被告人の供述する右到着所要時間は全く根拠のないものであり、被告人がそのように信じていたとは認め難いこと、被告人らは、起爆装置の電気回路が切断されるのを警戒してまぎらわしい偽装コードを装着し、それが切断されても爆発するような工作をしていたこと、被告人も、捜査段階においては、予告電話のあつたことが警察に通報されても、爆発により同派出所の建物や付近の建物の窓ガラス等が損壊されたり、警察官や通行人に殺傷の結果が生じる可能性を認識していたとして、当時考えたいくつかの場合について具体的に自供していること、前記のとおり、被告人は、昭和四六年一〇月二三日の少し前ころ、同日に行う爆弾闘争の形態について共犯者らと謀議した際には、手投げ式爆弾を直接警察官に投擲して警察官を殺傷する方法を主張しており、関係証拠によれば、被告人は、その後も、菊地廣と二人で、手投げ式爆弾を持ち、投擲の機会をうかがつてデモ規制中の警察官に近づくなど、警察官の殺傷に対して積極的な姿勢を示していたことが認められ、しかも、被告人は、捜査段階においては、自分の右のような言動について、警察官の殺害を意欲してのものであつた旨自供していること、そのほか、本件を中心になつて計画した鎌田俊彦や、いつしよに本件爆弾を製造した熊谷信幹も、検察官に対する供述調書中において、予告電話のあつたことが警察に通報されたとしても、本件爆弾の爆発により警察官や通行人らが殺傷される可能性があることを認識していた旨供述していること等を総合すれば、被告人は、予告電話のあつたことが新聞社から警察に通報されても、追分派出所の建物等が破壊されたり、警察官や通行人らが殺傷される可能性があることを認識し、かつ、これを認容していたものと認めることができる。ところで、被告人は、原審公判廷及び当審公判廷において、予告電話が警察に通報された以降の事態の推移に関する認識の点について、前記所論と同旨の供述をしているけれども、およそ考えられる一つの場合を所論のように具体的に予想しながら、事態がそれとは異なつた展開を見せ、異なつた結果が発生する可能性があることについては全く想い至らなかつたというのは著しく不自然であるうえ、前記のような事実及び供述と対比して到底信用することができず、被告人の右供述は前記認定を左右するものとは認められない。そして、原判決は、右に説示したような理由をも含めて、被告人に警察官らに対する未必的殺意及び警察官らを殺傷し追分派出所の建物等を破壊することについての未必的認識があつたと判断しているものと解されるから、その限りでは、原判決の認定は正当として是認することができる。すなわち、原判決は、被告人において、予告電話のあつたことが警察に通報されない可能性があることを認識していたものと判断し、このことを被告人の警察官らに対する未必的殺意ないし殺傷等の未必的認識認定の一根拠としたため、本件爆弾の使用からその爆発に至る経過や爆発による被害の発生状況等の点に関し、被告人の認識の具体的内容を一部誤認している点があるけれども、前判示のとおり、被告人に犯意ないし目的の認識があつたことは認められるのであるから、その限りにおいて原判決の認定を是認することができるのである。しかも、前記摘示の誤認は、犯罪の構成要件事実の認定に差違をもたらすものではなく、また、予告電話のあつたことが新聞社から警察に通報されないまま爆発の結果が発生する可能性についての被告人の認識の程度に関する原判決の判示等に鑑みると、右誤認が本件犯情の評価にそれほど影響するとも考えられないから、右誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。なお、被告人の認識の具体的内容が前判示のようなものであるとすれば、本件爆弾の使用からその爆発に至る経過や爆発による被害の発生状況等の点において、被告人の認識したところと実際に起こつた事態との間に齟齬があることになるが、右は同一構成要件内における具体的事実の錯誤にすぎず、右錯誤が故意ないし目的の存立を阻却するものでないことはいうまでもない。

以上のとおり、原判決が、被告人において追分派出所に仕掛ける爆弾を製造及び使用するにあたり、治安を妨げる目的、警察官らに対する未必的殺意及び警察官らを殺傷し追分派出所の建物等を破壊する未必的認識を有していたと判断したのは、結局正当としてこれを是認することができる。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意第一中高円寺駅前派出所事件の事実誤認を主張する論旨について

所論は、要するに、原判決は、判示第三の(一)、(二)(高円寺駅前派出所に仕掛けた爆発物の製造及び使用)の事実について、被告人は、人の身体を害する結果の発生について未必的認識しか有していなかつたから、被告人に人の身体を害する目的があつたと認めることはできないとして、人の身体を害する目的を罪となるべき事実から除外しているが、本件爆弾の構造と威力、その使用方法、被告人の一連の爆弾闘争についての考え方等に徴すると、被告人が同派出所内の警察官の殺傷について確定的認識を有していたものと認めることができるから、原判決には、右の点において事実の誤認があるというのである。

そこで、検討してみるのに、関係証拠によれば、被告人らは、杉並警察署高円寺駅前派出所に仕掛ける爆弾の製造及び使用を、警察官の殺傷を主たる闘争形態として掲げる赤軍派の「黄河作戦」に呼応して行つたものと認められ、そして、被告人は、捜査段階においては、本件爆弾の製造及び使用にあたつては、同派出所の建物が破壊されるほかに、警察官殺傷の結果も生ずれば、その方がより宣伝効果があがるので、それを期待していた旨自供しており、共犯者の熊谷も、検察官に対する供述調書中において同旨の供述をしていること、本件爆弾は、ダイナマイト約一〇〇グラムを鉄パイプに充填した威力の大きな時限式爆弾であり、被告人らはこれを同派出所の外壁に近接して置いていること等から判断すると、被告人が、本件爆弾の製造及び使用にあたり、同派出所に勤務する警察官が殺傷される可能性があることを認識し、かつ、これを認容していたことは認められるが、本件爆弾が実際に爆発した結果をみると、警察官殺傷の結果が発生していないことはもとより、同派出所の建物の被害としても、爆発地点に近い西側のガラス窓が割れたほかは、右窓の窓枠や羽目板が一部損傷した程度で、同派出所内にいた警察官が爆発の被害を受ける蓋然性が高度であつたといえるほどの破壊の結果は生じておらず、原審証人荻原嘉光の証言によつても、爆弾の金属破片等の飛散や建物の一部破壊により同派出所内の警察官が殺傷される可能性のあつたことが認められるにとどまるのであつて、被告人も、警察官殺傷の結果が発生するのを確定的なものとして認識していたとまでは供述していないこと等から判断すると、警察官殺傷の結果についての被告人の認識は未必的なものにとどまり、これを確定的なものとして認識していたとまでは認め難いというべきである。また、被告人らは、通行人らに被害が及ぶのをできる限り回避したいとの考えから、本件爆弾の爆発時刻を深夜の午前三時ころにセットしていたこと等から判断すると、通行人らに対する関係でも人身被害の発生を確定的なものとして認識していたとは認め難い。そうであれば、原判決が、被告人は、人身被害の発生の点については未必的認識しか有していなかつたと認定したのは正当であり、所論のような事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意第一中追分派出所事件の事実誤認を主張する論旨について

所論は、要するに、原判決は、判示第五の(一)、(二)(追分派出所に仕掛けた爆発物の製造及び使用並びに殺人未遂)の事実について、被告人には、爆発時に付近にいる警察官らを殺傷したり、追分派出所の建物等を破壊したりすることについて、未必的認識があつたことは認定できるが、確定的な認識があつたとまでは認定できないとして、本件爆弾の製造及び使用につき人の身体財産を害する目的を罪となるべき事実から除外したが、被告人らの爆弾闘争についての考え方、本件爆弾の威力及びこれを仕掛けた現場の状況等に徴すると、被告人は、右の点について確定的認識を有していたものと認められるのであつて、被告人らが予告電話をしたことを過大に評価し、前記結論に到達した原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで、検討してみるのに、既述のとおり、被告人らは、ダイナマイト、アンホ及び黒色火薬各数百グラムを使用して製造した極めて破壊力の強い本件時限式爆弾を新宿の繁華街の中にある追分派出所脇に午後七時一〇分ころに爆発するようにセットして仕掛けたものであつて、右爆弾の使用の仕方は、この事実が事前に警察当局に通報され、対策が講じられない場合には、本件において現実化したごとく、右爆弾の爆発により同派出所に詰めている警察官や通行人らに多数の死傷者を出し、同派出所の建物等を破壊することが必至というべき方法であるが、一方、右爆弾を仕掛けたことが警察に通報されておれば、前記のように、爆発時刻までには到底十分な対応はできないにしても、警察官や通行人らが無条件に死傷することはないであろうと考えられるので、被告人らが新聞社にした予告電話が警察に通報される客観的な可能性及びその点に関する被告人の認識のいかんについて検討する必要がある。原判決も説示するように、爆弾事件が頻発していた当時の世情や、被告人らが新聞社に対してした予告電話の内容が爆弾を仕掛けた場所及び爆発時刻を特定したものであつたこと等に徴すれば、右予告電話のあつたことが警察に通報される可能性は十分にあつたと考えられるし、先に説示したように、被告人が、捜査段階から一貫して、予告電話は当然新聞社から警察に通報され、通行人らを避難させる措置がとられるものと思い込んでいた旨供述していることからすれば、被告人の右供述をあながち虚偽として排斥してしまうことはできないのである。そうだとすると、所論の強調するような諸点を考慮に入れても、被告人が警察官らの殺傷や追分派出所の建物等の破壊を確定的に認識していたものとは認め難いから、これらの点に関する被告人の認識が未必的なものにとどまつていたとする原判決の認定は正当としてこれを是認することができ、所論のような事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意第一中新潟県亀田町における爆発物所持事件の事実誤認を主張する論旨について

所論は、要するに、原判決は、判示第六(新潟県亀田町における爆発物の所持)の事実について、被告人がその所持する爆発物を警察施設爆破のために使用する意図で所持していたことは認められるが、これらを使用して警察官らを殺傷する確定的認識を有していたとまでは認め難いとして、本件爆発物の所持につき人の身体を害する目的を罪となるべき事実から除外したが、被告人が本件爆発物を同所において所持するに至つた経緯及び所持の目的、爆発物及びそれと合わせて所持していた各種の爆弾材料の内訳等に徴すると、被告人は、本件爆発物を警察官の殺傷、すなわち人の身体を害する目的のために使用することを確定的に認識しながら所持していたものと認められるから、原判決には、右の点において事実の誤認があるというのである。

そこで、検討してみるのに、関係証拠によれば、被告人らは、前記追分派出所事件後、自分達の身辺に捜査の手が及ぶのをおそれて、これまで爆弾材料の保管、時限爆弾の製造等に使用していた東京都大田区西蒲田所在の原判示みゆき荘の部屋をひき払い、昭和四七年一月中旬ころ新潟県中蒲原郡亀田町所在の借家を借り受け、ここにみゆき荘等において保管していた爆発物その他の爆弾材料や工具類を運び込み、同年五月四日ころには、今後の爆弾闘争に備えて、鎌田俊彦、熊谷信幹らと共に同所で保管していた爆弾材料を使用して手投げ爆弾等を製造し、翌五日には、右製造した爆弾の実験及び新たに被告人らのグループに加わつた北条裕雄ら数名を訓練する等の目的で右手投げ爆弾の投擲等を行つていること、原判示のとおり、被告人は、右亀田町内所在の借家において、大量の爆発物及び雷管等を所持していたほか、爆弾を製造するための各種工具、爆弾の材料となる積層乾電池、鉄パイプ、鉄釘片等をも所持していたことがそれぞれ認められるところ、被告人は、捜査段階においては、右爆発物等を所持していた目的について、今後とも、警察せん滅作戦等の爆弾闘争を続けていくために所持していたものである旨自供していたこと、そのほか、既述のとおり、被告人は一連の爆弾闘争において警察官らの殺傷を認容していたこと等に徴すると、被告人が、本件爆発物を警察施設の爆破のためのみならず、場合によつては、警察官殺傷のためにも用いることがあることを認識しながら所持していたことは認められるが、被告人がそれまでに行つた一連の爆弾事件においては、警察官らの殺傷を未必的にしか認識していなかつた場合もあり、現に被告人らが製造した爆発物により人身被害が発生したのは、追分派出所事件の場合のみであつたこと、本件爆発物を所持していた当時には、まだその使用場所、使用方法等も具体的には定まつていなかつたこと等も合わせて考えると、被告人が将来本件爆発物の使用により警察官等の身体を害する結果を発生させることについて確定的認識を有していたとまでは認め難く、原判決に所論のような事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意第二について

所論は、要するに、原判決は、爆発物取締罰則一条及び三条の目的があるというためには、その目的の内容をなす治安を妨げ又は人の身体財産を害する結果の発生について確定的認識を必要とすると解すべきであるとし、原判示第三、第五及び第六の各事実について、被告人は右各法条所定の目的の一部については未必的認識しか有していなかつたとして、これを罪となるべき事実から除外したが、右各法条所定の目的があるというためには、その目的の内容をなす加害結果の発生について未必的認識があれば足りると解すべきであるから、原判決は、その点において右各法条の解釈適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

判旨そこで、考えてみるのに、爆発物取締罰則一条の爆発物使用罪における目的は、爆発物使用の時点、すなわち爆発物を爆発すべき状態においた時点において、その行為者が爆発により惹起される結果について認識したところをその内容としているものと解される。ところで、この認識は、将来の事実についての予見を内容とするものであるから、爆発物の構造及び威力の程度、その使用方法、使用現場の状況等のいかんによつては、行為者が、爆発物の使用時に、その爆発によつて同法条所定の目的の内容をなす人の身体財産を害する等の加害結果が発生するか否かということを確定的に認識することは、困難な場合も少なくない。殊に、時限装置付きの爆発物を使用した事犯のように、その使用行為と爆発による結果発生との間に相当の時間的間隔が設けられ、しかもその間に人の去来があるなど爆発物を仕掛けた現場の状況が変化する蓋然性があるような場合には、爆発による加害結果発生の有無を未必的にしか認識しえない場合が少なくないのである。そして、そのことは、同罰則三条の爆発物等の製造及び所持等においても基本的には同様であるが、爆発物等の製造及び所持等においては、爆発による結果の発生のみならず、その使用行為までもが将来の事象となるため、製造及び所持等の行為から爆発の結果発生までの間に種々の不確定要素の介在する可能性があり、中には、爆発物使用の日時、場所等も特定していないこともあるため、同法条所定の目的の内容をなす爆発により生ずべき加害結果の発生についての認識は、爆発物の使用の場合に比べて、一層未必的なものにとどまる場合が多くなるものと考えられるのである。このように、爆発物の使用、製造及び所持等の行為にあつては、爆発物の爆発による加害結果発生の有無を確定的に認識することができない場合があり、しかも、その認識が確定的であるか否かは、加害結果の発生に対する犯人の意欲の有無、程度とは必ずしも一致せず、また、行為の重大性、客観的危険性等とも直ちには結びつかないものであるから、未必的な認識にとどまる場合が確定的な認識のある場合に比べて罪責が軽いとは限らないのである。また、確定的といい、未必的といつても、もともと単なる認識の程度の差にすぎないものであつて、実際上その限界を截然と画することも困難である。そうであれば、爆発物の使用、製造及び所持等にあたり、爆発による加害結果の発生を確定的に認識した場合と未必的に認識した場合との間に、法的評価の面で決定的差等を設けなければならないほどの実質的差違があるとは考えられないのである。このように、爆発物取締罰則一条及び三条の目的の内容をなす爆発物の爆発による加害結果の発生についての認識の程度については、未必的認識をもつて足りると解する方が爆発物の使用、製造及び所持等の実態に適合するものと考えられる。一方、確定的認識を必要とすると解することは、徒に同罰則による処罰の範囲を限定し、公共の安全と秩序、個人の生命身体及び財産を爆発物による侵害の危険から保護しようとする同罰則の趣旨に反するおそれなしとしないのである。また、そもそも、同罰則一条及び三条が、爆発物の爆発による加害結果の発生を犯罪の成立要件とせず、単にそれを目的として有するのみで足りるものとし、かつ、比較的重い法定刑を定めているのは、爆発物の有する危険性に鑑み、これが所定のような加害目的をもつて使用された場合に生ずべき影響が深刻であることを憂慮したためであつて、右のような同罰則の定めには十分な合理性が認められるのであるから、同罰則の法定刑が比較的重いことを考量して、右目的の意義をことさら限定的に解するのは相当ではないといわなければならない。してみれば、同罰則一条及び三条の目的があるというためには、爆発物の使用、製造及び所持等にあたり、爆発物の爆発により、治安が妨げられ、又は他人の身体財産が害される結果の発生することを確定的に認識するまでの必要はなく、右のような結果の発生することを未必的に認識し、かつ、これを認容していれば足りると解するのが相当である。そうだとすると、原判決が、右の点について確定的認識を必要とするとの見解のもとに、判示第三、第五及び第六の各事実について、被告人の認識は、他人の身体財産を害する結果については、その全部又は一部が未必的なものにとどまつていたとして、爆発物取締罰則一条及び三条所定の他人の身体財産を害する目的の全部又は一部を認めなかつたのは、同罰則一条及び三条の解釈適用を誤つたものといわなければならない。ところで、原判決は、右いずれの事実においても、被告人には、治安を妨げる結果の発生については確定的認識があつたとし、判示第三及び第六の事実においては、他人の財産を害する結果の発生についても確定的認識があつたとして同罰則の目的の一部の存在を認めているので、右解釈適用の誤りは、いずれも一罪の一部について罪となるべき事実の認定及び法令の適用にそれぞれ異なつた結果をもたらすにとどまるものであるため、果たして右誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるといえるか否かの点が問題となりうるが、右誤りは、爆発物取締罰則一条及び三条の各罪の重要な要素に関する解釈の誤りであり、かつ、右各事実中において他人の身体財産を害する目的を有することが罪となるべき事実として認められるか否かは、原判決上重要な意義を有するものと考えられるから、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきである。論旨は理由がある。

してみると、原判決は、検察官及び弁護人らの各量刑不当の控訴趣意について判断するまでもなく、破棄を免れないから、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により本件被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決の挙示する各証拠並びに当審において取調べた鎌田俊彦の検察官に対する各供述調書謄本及び熊谷信幹の検察官に対する各供述調書謄本によれば、原判示罪となるべき事実(但し判示第三及び同第六については人の身体を害する目的を、同第五については人の身体財産を害する目的をそれぞれ付加する。)を認めることができるので、これに原判決と同一の法令を適用し〈中略〉、原判決と同一の処断刑期の範囲内で被告人を懲役二〇年に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中一七〇〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(堀江一夫 杉山英巳 浜井一夫)

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